「いや、ここでは初めてだし。俺は気にしてないよ」
俺は肩をすくめて笑ってみせたが、ミリアの怒りは収まりそうにない。
「ユウヤ様が気にしていなくても――わたくしが、許せませんわ。不愉快です!」
その言葉に、兵士たちは顔を青ざめさせ、王様は額に手を当てて小さくため息をついた。
――はぁ……面倒だなぁ。でも、俺のことを本気で心配してくれてるのは、やっぱり嬉しい。
ミリアの怒りの矛先が誰かに向かう前に、なんとか場をなだめないと……。
「詰め所の方、少し借りてもいいかな? 王様」
俺は王様に向かってそう尋ねた。
「は、はい。ご自由に……お使いください……」
凍りついたような表情の王様が、必死に声を絞り出す。 まあ……欲を出して俺を呼び出した結果がこれなんだから、自業自得ってことで我慢してもらおう。 俺も一応“王様の友人”という立場になったわけだし、ミリアのご機嫌取りくらいは頑張ってみるけどさ。
ご立腹中のミリアの腕をそっと取って詰め所の中へと連れていき、王様に声をかけた。
「人払いをお願いします」
「はい。かしこまりました……」
王様はすぐに兵士たちに命じた。 詰め所の中に残っていた数人の兵士たちは、ミリアの気配に気圧されたのか、慌てて外へと出ていき、扉を静かに閉めた。
静まり返った室内に、ミリアの声が響く。
「ユウヤ様……?」
不思議そうに、けれどどこか期待を含んだ目で俺を見つめてくる。
「……目を閉じてくれる?」
俺がそう言うと、ミリアは一瞬きょとんとしたあと、はっと何かに気づいたように頬を染め、そっと目を閉じた。
「あっ……はいっ♡」
その声は、どこか甘く震えていた。 ミリアは嬉しそうに横を向き、頬を赤らめながら、少しだけ身をすくめる。
「そこでいいの?」
俺はそっと彼女の近くに寄る。
「え?」
ミリアが振り向いた瞬間、俺はそのプルプルと震える唇に、そっとキスを落とした。 ミリアの体がビクッ♡ と震え、次の瞬間、彼女の腕が俺の背中に回され、ぎゅっと抱きしめられる。
そのぬくもりと鼓動が、まっすぐに伝わってきた。
「ユウヤ様……♡ 急だったので分かりませんでしたよ……もぉ……」
ミリアは目を閉じて唇を窄めて、キス待ちの可愛い顔で待っていた。はぁ……改めて待たされると緊張するんですけど。覚悟を決めて……ミリアを抱きしめ直して唇にキスをしたら、ミリアもキスを返してきた。
「わたしのキスは……ユウヤ様に護衛を付けられなかった配慮ミスの謝罪のキスですわ。すみませんでした。ユウヤ様のキスは?」
ん……なんて言えば良いんだろ……王様と兵を許して欲しいと言いたいけど、それで納得してくれるか?
「ミリアと離れて寂しかったからキスをしたくなって……」
「うわぁ♡ ホントですか?きゃぁ♡」
ミリアは顔を真っ赤にして、さらに嬉しそうな声を上げた。さらに追い打ちをして頬にキスをした。
「ユウヤ様……♡」
ミリアはうっとりとした表情になった。ご機嫌になったようで良かった。ミリアが腕を組んで笑顔で詰め所から出ると。
「ではユウヤ様を捕らえた者を処罰を致します!許せませんわっ」
俺は慌てて口を挟んだ。
「だから……許してあげて」
「それと……ラウム。あなたにも処罰を致します」
ミリアは王様を睨みつけた。周りが凍りついた……帝国の皇女が、一国の王をその名で呼び捨て、あたかも家臣に言い渡すかのように『処罰を致します』と言い放ったのだ。すでに国王の扱いでは無く、元国王に対して処罰を言い渡されようとしていた……。
俺は慌てて王様を助けるために色々考えて、ミリアを宥めようとした。
「俺の言うことは聞いてくれないの?だったら俺は一人で、ここに残るけど?」
「ち、違います。聞きます……すみませんでした。ユウヤ様を捕らえられて投獄されていたので……イラッとしまして……」
ミリアは焦ったように顔を赤くして謝った。
「俺は気にしてないからさ、じゃあ許してくれる?」
「……はい」
まだ納得いかない表情だったミリアなので、皆が見ている前でミリアの頬にキスをした。
「きゃぁ♡……恥ずかしいですわっ♡ もぅ!分かりました。許しますわよ……」
ミリアは頬をさらに赤くして、俺の胸に顔を埋めた。
「はぁ。王様助かったね……」
俺は王様に小声で言った。
「は、はい……有難う御座います。ユウヤ様、ミリア皇女殿下」
王様は、安堵の息をつきながら深々と頭を下げた。
「で、そもそもの原因を作った者達の仲間を一人残さずに全員捕らえて処分を致しなさい」
ミリアが冷たい声で国王に命じた。その声には、一切の容赦がない。
「勿論です。直ちに……」
王様は震える声で答えた。
「では、さっそく取り調べをして仲間を全員捕らえなさい」
「はい」
王様は、すぐに兵士に指示を出した。
「じゃあ……もう帰ろうか。疲れたし」
「はい♪そうしましょう。それでは国王ラウム。帰りますね」
ミリアは王様にそう告げた。
「はい。お気をつけてお帰り下さいませ、ミリア皇女殿下。ユウヤ様、色々と有難う御座いました……」
「いや、ここでは初めてだし。俺は気にしてないよ」 俺は肩をすくめて笑ってみせたが、ミリアの怒りは収まりそうにない。「ユウヤ様が気にしていなくても――わたくしが、許せませんわ。不愉快です!」 その言葉に、兵士たちは顔を青ざめさせ、王様は額に手を当てて小さくため息をついた。 ――はぁ……面倒だなぁ。でも、俺のことを本気で心配してくれてるのは、やっぱり嬉しい。 ミリアの怒りの矛先が誰かに向かう前に、なんとか場をなだめないと……。「詰め所の方、少し借りてもいいかな? 王様」 俺は王様に向かってそう尋ねた。「は、はい。ご自由に……お使いください……」 凍りついたような表情の王様が、必死に声を絞り出す。 まあ……欲を出して俺を呼び出した結果がこれなんだから、自業自得ってことで我慢してもらおう。 俺も一応“王様の友人”という立場になったわけだし、ミリアのご機嫌取りくらいは頑張ってみるけどさ。 ご立腹中のミリアの腕をそっと取って詰め所の中へと連れていき、王様に声をかけた。「人払いをお願いします」「はい。かしこまりました……」 王様はすぐに兵士たちに命じた。 詰め所の中に残っていた数人の兵士たちは、ミリアの気配に気圧されたのか、慌てて外へと出ていき、扉を静かに閉めた。 静まり返った室内に、ミリアの声が響く。「ユウヤ様……?」 不思議そうに、けれどどこか期待を含んだ目で俺を見つめてくる。「……目を閉じてくれる?」 俺がそう言うと、ミリアは一瞬きょとんとしたあと、はっと何かに気づいたように頬を染め、そっと目を閉じた。「あっ……はいっ♡」 その声は、どこか甘く震えていた。 ミリアは嬉しそうに
――この空気……誰か来たな。 王様か、ミリアか……。 どちらにせよ、ただ事じゃない気配だ。 そう、俺は今――王都の出入り口にある警備兵の詰め所、その牢屋の中にいた。 当然ながら、盗賊と“同じ扱い”で、しかも“同じ牢屋”に入れられているというオマケ付きだ。 ……いや、ほんと、どうしてこうなる。 そんな中、見慣れた顔――王様が詰め所に入ってきた。 目が合った瞬間、その表情が驚きと焦りに染まる。「ユウヤ様……っ! 申し訳ない! このお方を、早くお出ししろ!」 王様が声を荒げて兵士に命じると、周囲の兵たちも慌てて動き出した。 王の言葉に倣い、全員がその場に跪き、頭を垂れる。 だがその顔には、驚愕と困惑が入り混じっていた。 ――平民の男に、王が頭を下げている。 その異様な光景に、兵士たちは内心の動揺を隠しきれていなかった。「いやぁ……王様からもらったナイフ、ちゃんと役に立ったよ」 俺は苦笑いを浮かべながら、皮肉まじりに言った。「はぁ……役に立ったとは到底思えませんが……渡しておいて良かったです」 王様は深いため息をつきながらも、どこか安堵したような表情を浮かべていた。「でも、当然ながら信じてもらえませんでしたけどね」 俺が肩をすくめて言うと、王様は申し訳なさそうに目を伏せた。「……本当に、申し訳ありません……」 その声には、心からの謝罪がにじんでいた。「いや、王様が悪いわけじゃないですから。気にしないでください」 そう言って笑ってみせると、王様はふるふると手を震わせながら、横目で兵士たちを睨みつけた。 その目には、明らかに怒りの色が宿っている。 ――ああ、これは…&hellip
俺は頷きながら、彼女の手をそっと握り返した。「それに、俺も黙ってさらわれるつもりはないしね」 そう言った瞬間、子どもたちの表情が少しだけ和らいだ。「え……? な、何をするの……?」 不安げに尋ねてくる声に、俺は小さく笑って答える。「別に暴れたりはしないよ。だから安心して」「……はぁい」 女の子は小さく頷き、俺の隣にぴたりと寄り添った。 その小さな体の震えが、俺の腕を通して伝わってくる。 ――絶対に、守る。 俺はそっと目を閉じ、気配を研ぎ澄ませた。 馬車の外の音、風の流れ、足音の数……すべてを感じ取る。 ミリア、頼む。早く気づいてくれ――。 王都を出るための検問が行われており、馬車はその列に並んでいた。 堂々と馬車に人を乗せて運び出そうとしている――つまり、この国には奴隷制度が存在するということか。 あるいは、兵士の中に協力者がいるのかもしれない。 どちらにせよ、この王国の裏側は、俺が思っていた以上に深く、そして黒い。 やがて、兵士たちが荷物検査にやってきた。「荷物は何だ?」 兵士の一人が馬車の幌に手をかけ、鋭い視線を向けてくる。「はい。奴隷の運搬でございます」 盗賊の一人が、慣れた口調で答えた。「中を見せろ」「はい……ただの奴隷ですよ」 幌がめくられ、兵士が中を覗き込む。 その瞬間、俺と兵士の視線がぶつかった。 ――今だ。「あの~……俺、拐われたんですけど~」 できるだけ軽く、しかしはっきりと告げながら、懐から王族の紋章が刻まれたナイフを取り出して見せた。 国王から直接渡された、正真正銘の王家の証。 兵士の目が見開かれ、呼吸が一瞬止まったように動きが固まる。 だが、すぐにその表情は鋭く引き締まり、彼は幌を勢いよく閉じると、外に向かって怒鳴った。「おい! こっちだ!」 その声は、空気を切り裂くように鋭く、周囲の兵士たちが一斉に動き出す気配がした。 ――さて、ここからが本
「……それにしても、ずいぶん長くないですか? 少し様子を見てきますわ」 ミリアは不安げに眉をひそめながら立ち上がった。言葉には出さなかったものの、心の奥に、かすかな胸騒ぎが広がり始めていた。 ――変なことになっていなければいいけれど。まさか、置いていかれたなんて思ってませんわよね……? そんな心配を抱えながら、ミリアは武器屋へと向かう。昼間の今は、冒険者たちが依頼に出ている時間帯。店内には他の客の姿はなかった。「先ほど、こちらにいらした方は?」 ミリアが店主に声をかける。微かに焦りを帯びた声色だった。「ええ、だいぶ前に出て行かれましたよ。かなり慌てた様子で、キョロキョロしながらこの先の方へ走って行かれました。もしかしたら、置いていかれたと勘違いされたんじゃないですかね?」 店主の説明に、ミリアの胸がきゅっと締めつけられる。 ――やっぱり……! 誤解させてしまったんですのね……っ!「ユウヤ様の護衛は、どうなっているのです?」 ミリアは鋭い視線で護衛たちを睨みつけた。問い詰められた護衛たちは、言い訳すらできず、沈黙するしかなかった。「な、何をしていたのですか!? ユウヤ様は、わたくしにとって大切な婚約者なのですよ! 護衛をつけないだなんて……本当に、使えない護衛ですわねっ! いますぐ探し出しなさい。もし何かあったら――絶対に許しませんから!」 ミリアの怒声が店中に響き渡る。その叫びには、ユウヤを失ってしまうかもしれないという焦燥と、護衛たちへの激しい苛立ちがにじんでいた。 護衛たちは顔を青ざめさせたまま、慌てて捜索に向かっていく。 王国の兵士も事の重大さを察し、応援を呼びに走り、同時に国王への報告へと向かった。「こんなに護衛がいるのに……誰ひとり、ユウヤ様について行っていないなんて……」 ミリアは不安と苛立ちに胸を締めつけられ、自らの無力さを噛みしめた。 数時間が経ってもユウヤの行方は知れず、焦りはさらに募っていく。彼女は王国兵を呼びつけ、ユウヤの捜索を最優先事項として命じた。もはやその命令は、王国の法律に等しい絶対的なも
前回は店の価格交渉が目的だったから、護衛や使用人を連れていると“金持ち”に見られて不利だと思って断っただけで――別に護衛や使用人が嫌いってわけじゃない。むしろ、今回はお願いしておいたほうが安心だ。 王都に詳しい兵士がいれば、道案内もしてもらえるだろうし、ミリアの護衛も手薄だ。何かあった時のためにも、念のため備えておいたほうがいい。「ミリアの護衛が少ないので、護衛は助かります」「お役に立てそうで良かったです」 王様は嬉しそうに答えた。完全に王様が友達感覚というか、明らかに接待をする側になってるな……まあミリアを怒らせたのは王様なので仕方ないか。♢王都散策 王城から王都へ出てきた。 王城から出ると、活気があって賑やかで苦手だけど、たまには賑やかな場所も良いかな……。喧騒が耳に届き、様々な匂いが鼻をくすぐる。焼き立てのパンの香ばしい匂い、色とりどりの布地が風になびく音、大道芸人の軽快な音楽。五感が刺激され、少しずつ気分が高揚していく。 この賑わいの裏には、見えない影が潜んでいるような気がした。こんなに活気があるのに、どこか底知れない不穏さを感じるのは、俺が異世界から来たせいだろうか。 ミリアに腕を組まれて、商店を回って買い物を楽しんだ。通りには様々な露店が並び、活気ある声が飛び交っている。「へぇ……こんなのもあるんだ?」 俺は興味深そうに、ある店の店頭に並べられた武器を見つめた。手裏剣に似たような武器があった。へぇ~投げる武器もあるんだ……注意をしておかないとだな。この世界では、思いがけない場所から脅威が飛んでくるかもしれない。「投げて使う武器かしら?」 ミリアは俺の視線を追って、同じものを見た。彼女の好奇心旺盛な瞳が、武器をじっと見つめている。「はい。買ってすぐには使用は難しいですが……訓練して使えるようになれば、とても便利でございます」 店主
「それもそうですわね」 ミリアも納得したようだ。「まぁ……ミリアがいてくれれば、問題ないと思うけどさ」 俺がそう言うと、ミリアはぷくっと頬を膨らませた。「か弱いわたくしに、いったい何をさせようというのですか……?」「いやいや、か弱い女の子が王様をイジメたりしないでしょ」「イジメてませんわ……」 ミリアは膨らませた頬のまま、ぷいっとそっぽを向いてしまったけれど、からかわれてるだけだと分かってくれてるようで良かった……。「じゃあ治癒の薬と美容薬を作って帰りますか」「はぁい♪ ユウヤ様」 ミリアは楽しそうに返事をした。「ユウヤ様、本当にご婚約を?」 王様が、恐る恐る尋ねてきた。その声には、まだ不安が残っているようだ。「え? あ……はい」 俺は曖昧に答えてしまった。「ユウヤ様……なんですの、その間は?」 ミリアが不満そうに俺を見上げた。「えっと……俺で本当に良いのかなと……ミリアはお姫様だったし」 王様より地位のあるミリアが平民の俺と結婚して良いのか? 結婚して俺はどうなるんだ? 不安なんですけど。その心配を王様がしてくれてるのか……? 俺の内心は、期待と戸惑いが入り混じっていた。「ユウヤ様じゃなきゃダメなのです!」 ミリアはきっぱりと言い放った。その声には、一切の迷いがなく、強い意志が込められていた。「だそうです」 俺は王様の方を見た。「そうですか……ご婚約おめでとう御座います」 王様は、安堵したように言った。その顔には、重い荷を下ろしたかのような清々しさが見える。「有難う御座います」